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食への無関心 解消をめざす(『ほっとニュース』2019.5.23)

このコラムでは、こだま舎会員向けの会報から記事を掲載しています。

 

食への無関心 解消めざす

以下に引用した佐藤洋一郎さんは大学で和食文化を教える意味を述べています。紙面の都合で大

学での学部設置の具体案のところは省略し、「食」を生きる糧とする私たち全体に関わる部分の

みの引用です。食への無関心、解消に40周年の記念冊子、少しは役に立てるでしょうか。

 

(2019.3.31日本農業新聞より)

和食文化と無形文化遺産登録   和食文化学会会長 佐藤洋一郎

 

最近、関西の大学では「和食」やその文化に焦点を当てた学部、学科の新設が相次いでいる。京都府立大学でも4月から文学部に「和食文化学科」を設置し、筆者もここで教鞭をとることにしている。

和食文化への注目度は海外でも高く、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「無形文化遺産」に登録された追い風はまだ続いている。だが、和食や和食文化をめぐる情勢には厳しいものがある。

そもそも「遺産」への登録は、それが放っておけばなくなりかねない危機に面していることを物語っている。さらに、今の日本の食は様々な深刻な問題をはらんでいる。食材の輸入率の高さ、その裏返しである食の安全・安心、食品産業の技術の後継者不足、子どもや高齢者の孤食、過剰な健康志向とダイエットやサプリなどの多用、ジャンクフードの増加など枚挙にいとまがない。和食文化といえばみやびな食や料亭文化ばかりが思い起こされるが、そうではない。

これらの問題の背景にあるものは食への無知、無関心という、今の社会の構造そのものである。そしてその背景には、1年365日24時間、食べ物がいつでも苦労なく手に入るという状況がある。食に興味を持たずとも、何も考えず何も知らずとも、食べることには困らない現代に特有の食の状況が、人々をして食に対して無知、無関心ならしめている。

 

そもそも、人類は生きるために食べてきた。24時間のうちの相当部分を食べることに費やしてきた。彼らの生は今日食にありつけなければ、明日は餓死するかもしれない日々の連続だったのである。彼らは、自分たちの食べるものが何であり、どのように調達されて加工されるかなどを知っていた。個人個人がすべての工程に手を染めなくとも、食の過程の全体を知っていた。おそらくそのことが、社会の一員として生きる条件であった。

だが、社会の複雑化につれ、また人口増や分業の発達につれ、より多くの人間が自らの食を他者に依存するようになっていった。食の過程の全容を知る個人は今や皆無。加えて食べものは豊富。ありがたみなど感じなくとも不都合はない。食物が、他の生きものの命をもらってできているという事実さえ知らない子どもも、その事実を教えることを拒否する親が登場するありさまだ。

もっとも、上記のことは多くの先進国に共通することである。だが、日本の状況は世界最大の食料の輸入国である。つまり、和食はエネルギー消費型の食文化である。その裏返しとして、日本の地方地域では人口減少、農業生産の衰退、獣害の深刻化などが進み、地域そのものの消滅が危惧される。日本人の食は、今や風前のともしびである。

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