- 高橋徳治商店(宮城県石巻市)が戻ってきました
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2012.01.28 Saturdayこだま舎の東日本にある取引先で取引再開の始まらない最後の生産者が高橋徳治商店でした。
練り製品の生産者である高橋徳治商店は宮城県石巻市にあり、津波の被害が甚大でした。取引先の大手は幾つもの生協で、組合員がずいぶん瓦礫などの始末に入ったと聞いていました。
こだま舎ではそこまでの支援はできず、再開の困難さが聞こえてくるのを前にただ心配しているばかりでした。
そこへ、石巻震災復興期間限定品として「おとうふ揚げ」「お好みさつま揚げ」のご案内がサンプルと共に届きました。
「おとうふ揚げ」の袋に、次のようなメッセージが印刷されていました。
高橋徳治商店より
「3・11はまだ終わらない。」
瓦礫とヘドロ、そして破壊された3工場と自宅を前にただ立ちすくんでいた私たち。
余震が続き不安な中、青森から九州までの500人あまりの皆さんが半年もの間、泥をかぶり汗を流し、背中を押していただき、ただただ頭が下がります。
ここに多くの皆さんの温かい思いがようやく形になりました。
たった一つの生産ラインですが、変わり果てたこの地に新しい未来を作るための第一歩、涙を越えて笑顔をそえて「アリガトウ」をお送りします。
生協に比べようもない少人数会員のこだま舎ですが、ここは頑張って売っていかなければとスタッフと語り合ったことでした。
(こだま舎 舎長 山崎久民)
- パート従業員の厚生年金拡大はどうなる?
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2012.01.27 Friday厚生労働省は、パート従業員の厚生年金加入の拡大をはかるべく検討に入ったようですね。
週の労働時間30時間以上を20時間に引き下げる。なお、当初は従業員300人以上で年収800万円以上の人を対象にするとの報道で、半額負担を強いられるのが厳しい零細企業は除くということでしょうか。
ただ、これにはパート従業員を多く雇用している流通・外食産業の反対が強く、以前この案が提示されたときは結局結論を出せず、先送りとなりました。
1990年代に税金・年金問題に取り組んでいたときに、この案は女性たちの間では、強く支持されていたように思います。
そんな折、立ち寄ったファミリーレストランのレジのところにこの案に反対する署名簿がおいてあってびっくりしたことを思い出します。その後、あちこちの同種のお店に必ず署名簿が置いてあり、業界の反対の強さを実感しました。
このたびは、どうでしょうか。
私は、と言えば、この案に反対です。最終着地点までの経過措置ならば仕方のないところがあるかもしれませんが。
サラリーマンの夫を持った専業主婦と自営業者の夫の専業主婦との間での不公平がこれでは解決しないからです。
年金の問題は拠出と受給という財政面ばかりがこのところ注目をあびていますが、どのような立場でも同じように制度が適用されると言う公平性もとても重要なことになります。そのような意味で、日本の年金制度はつぎはぎつぎはぎで手直しされてきており、あちこちに矛盾が生じ、制度全体が金属疲労を起こしています。
女性の年金に限らず、雇用労働者と個人事業者間にも大きく制度の隔たりがあり、個人事業者の年金設計はお粗末です。安心した老後には程遠いと、自営業者として自らの実感です。
(こだま舎 舎長 山崎久民)
- 若手新規就農者に150万円の給付金
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2012.01.26 Thursday1月26日付、日本経済新聞によれば農業に進む若手に年150万円を国が給付するという。
農林水産省は、2012年度から若手の新規就農者を増やすために先述の支援策を導入するというものだが、国内農業者の高齢化、後継者難を何とか打開しようとの新たな施策導入と思われます。
具体的には、経営の不安定な就農直後の収入を補填するもの。最長で7年間とする。この支援策で、年1万人程度の若手就農者を2万人に増やそうとの狙い。
新規就農者は年5万人前後だが、多くは定年退職後のサラリーマンで若手就農者は約1万3千人、定着するのは1万人程度だと現状の解説がありました。
「農業者になるには」(佐藤亮子編著 ぺりかん社)に、全国新規就農センターが2010年度に行った「新規就農者(新規参入者)の就農実態に関するアンケート」からの引用記述があり、それによれば、就農1年目の必要資金は、営農面で721万円、生活面が265万円、計約1000万円とありました。
大型機械が相当種類必要なら、初期資金はもっと膨らむでしょう。
この150万円の給付金が有効に働けばと思います。 また、家業が農家でない人たちの新規就農の流れが加速することも期待したい。
ただ、こうした情報が新規に就農したい人たちに速やかに届けばよいのですが、有効な広報というのも知恵と工夫が要りますね。
(こだま舎 舎長 山崎久民)
- 東日本大災害からの復興って?
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2012.01.25 Wednesday東日本を襲った未曾有の大災害から日を追うごとにメディアの露出度が減り、人々の関心も次第に薄れてきます。それでも時にはこんな成功例もあると明るい報道もあります。
こだま舎の取引先で言えば、多くは原状に復し、災害前の食べ物が届けられています。
それはとてもありがたいことで関係者の方々に感謝の気持ち大です。が、それで復興してメデタシとなるかと言えば決してそんなことは言えません。
なぜなら、大災害前に抱えていた諸問題は何も解決していないからです。農林漁業のいわゆる一次産業では生活が成り立ちにくく後継者難であったり、農山村地域の人口は減るばかりで限界集落などとの言葉まで生んでいる状況。
福島原発大事故は放射能汚染の問題だけではなく、過疎地の経済、財政問題までも浮き上がらせています。
東日本大災害からの復興をいうのであれば、大災害前から抱えている問題も共に解決していかなければ新たな活力は生まれてきません。
価値観を変えて、私たちの日々の暮らしのどこを具体的に変えていけばよいのか、そのためにこだま舎で何をすればよいのか、知恵と戦略が要ります。
ちっとも知恵と戦略を持ち得ない私は、どこぞに人材はいないものか相変わらずの人頼みになりそう。
(こだま舎 舎長 山崎久民)
- 情報発信で適正なニーズの形成を(「農業者になるには」ぺりかん社より)
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2012.01.24 Tuesdayちょっと前にこのコラムで取り上げた、佐藤亮子さん編著の標記本の小見出しの一つです。
「これからの農業」として、消費者や社会のニーズを読んで、安全でおいしい農産物を育てることの大事さに触れています。
的確で迅速な消費者ニーズの把握の説明の後に、標記に言及しています。
こだま舎は農業者ではありませんが、間違った理解のうえに出てくるニーズに戸惑うことが多々あるのです。だから、的確な情報発信をどのようにやっていくのか、スタッフの悩ましい課題の一つなのです。
農業体験どころか農業を身近に見る体験を持たない純粋都会モンは、そもそも、理解の基礎力が不足していますから、受け取った情報の内容を的確に理解するのはそれほど簡単ではないのです。
冬にトマトを、というようなことはないにしても、安全なものをそこそこの値段で手に入れたいといったニーズは適正なのかどうか。外国からの安い農産物を目の前にしている消費者にどのような情報発信をすれば理解が得られるのか。
適正なニーズが形成されるか、何が適正なニーズなのか、簡単に判断できないのですが、私たちこだま舎の存続は、会員の適正なニーズの形成にかかっています。
黒白振り分けのデジタル思考では無理があり、ゆっくり、しつこくアナログ的付き合いが必要なのだと思うものの、それ事態を理解してもらうのも難しく、黒と答えをいち早く出して退出してしまう人が何と多いことか。
(こだま舎 舎長 山崎久民)
- 日本経済新聞は、本気で「内助の功」見直し?
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2012.01.23 Monday1月22日付、日本経済新聞「中外時評」欄で「内助の功」棚卸しの時と題した署名記事が掲載されていました。
「男は仕事、女は家庭」という性別役割分業の考え方に基づいた制度、慣習が色濃く残るわが国では、意識が変わらないから制度等が変わらないのか、制度等が変わらないから意識が変わらないのか、いずれにしても男女平等への歩みはきわめて遅い。
サラリーマンの夫と専業主婦がモデルとなり、その組み合わせが有利になるように設計されている年金制度、税制度は特に矛盾が大きく、制度変更への影響もそれだけ大きいためか、抜本改革はいつも先送りされています。
税金・年金制度に取り組んできた中で、日本経済新聞の立場は従来のモデルを維持、現状の制度等への批判は強いように思えませんでした。
なので、こうした記事が掲載されていて、思わず本気かなと思ってしまいました。
日本経済新聞は、経済の専門紙でもありますから、従来のモデルではもはや日本経済に寄与しないと結論付けたのでしょうか。
子ども手当ての支給の理論的基礎もここから発していたはずなのに、実際の迷走ぶりを見ると、「内助の功」の棚卸しが国民的規模でできていないことを示していると思います。
何であれ、このような記事は歓迎したいと思い、署名の欄を見てみたら、論説委員岩田三代 とありました。 女性なのでしょうか。
(こだま舎 舎長 山崎久民)
- アメリカ東部ニューハンプシャーにあった一軒の書店の例
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2012.01.22 Sunday本日(1月22日)付、朝日新聞「ザ・コラム」欄に、標記地域におけるある書店の例が紹介されていました。
店頭販売方式の本屋では最早やっていかれないので閉店を決めたところ、地域住民から「支援するから閉店しないでくれ」との声が大きく出て、継続が決まったというニュースでした。
記事の本旨は、ネットで読める本の世界が広がってきたことと、従来の紙媒体での本屋が衰退していくべき存在としてあるだろう、そうした時代的流れに逆らった地域住民の「閉店をやめて」動きとして紹介。何がかんでもデジタル化していく社会を見直してみようというところにあるのだろうと理解しました。
ただ、そうした本旨より、地域住民とこの本屋の経営者との関係に注意を引かれました。何やら、今のこだま舎のありようの問いかけに引っかかるものがあったからです。
支援をすると言った地域住民は、店が行っていた作家による講演会、子ども向け読書会で街の知的生活が豊かになった、だから、せっせと買うと約束するから閉店は思いとどまってくれなどと存続を願った。出資もする、寄付もすると名乗り出た人も多くいたらしい。
経営者自身は、事業の撤退等は事業主の自由だと思っていたが、街の文化を保つには本屋が欠かせないと言われて目が覚めたと言う。
こだま舎も、前の代表から閉店を決めたいと連絡を受けて、とりあえず状況が分かるまでと閉店を棚上げしてきました。私の場合、こだま舎は必要な存在で、それゆえ存続してほしいと強く思ったので即座の閉店に賛成できなかったのでした。
もっとも、こだま舎の場合、存続してほしいという声はちっとも聞こえてきませんが・・・
会員という利用者の立場から経営責任者の立場に変わったのですが、私の場合、むしろこの街の経営者の「目が覚めた」事業動機からそもそも出発したと言えるかもしれません。事業の成功が目的ではないので、会員が「お客様」になってしまっていることに強い違和感を覚えるのです。
経営者がこの街の支援をすんなり受け入れたのか、また、地域住民たちの支援がどこまで強力に長期間続けられるものか、とっても気になりますね。
(こだま舎 舎長 山崎久民)
- こだま舎は誰のために存在している?
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2012.01.21 Saturdayこのブログでも何度か触れていると思いますが、協同クラブこだま舎から有限会社こだま舎への移行は、法律的責任の所在を明らかにするためがその理由でした。
つまり、協同クラブこだま舎は任意のグループであり、何かコトが起きた場合、組織の代表の個人的責任に帰すことになってしまうのです。また、それなりの販売額に達しており、消費税の納付義務も生じていました。
それではまずかろうということで法人組織に変更すべく、組織形態として「有限会社」が選ばれたのです。
協同クラブこだま舎は、もちろん、営利の事業を行うために始められたワケではなく、会員の自主活動として在り、食品の販売もその一つでした。当然ながら、会員は協同クラブこだま舎の「お客様」ではありませんでした。
有限会社こだま舎は法人として法律的責任を持つことに変わりましたが、それ以外のことでは協同クラブこだま舎の理念と活動を引き継いできたはずなのです。
が、気がついてみたらすっかり主客転倒。会員は「お客様」になっていました。私たちスタッフはこだま舎の利潤追求のために仕事をしているわけではなく、会員に必要な組織だからその維持のために仕事をしています。
流通部分の経費も全額会員で負担することが協同クラブこだま舎のやりかたでした。ただ、一人当たりの負担額が増えないように仲間を増やしていくことも必要で、その努力をみなでしてきました。
有限会社になったとて、会員と二人三脚で運営、問題の解決をはかるという協同クラブこだま舎のやり方を意識して踏襲すべきだったのでは。
スタッフミーティングをやりながら、あれこれの疑問が頭をよぎります。
(こだま舎 舎長 山崎久民)
- こだまの会時代の「反原発」活動の足跡
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2012.01.20 Fridayまたまた、古い資料が出てきて、記憶の薄れていた「反原発」活動の足跡が確認できました。
ニュース「こだま」によれば、1982年から3年に勉強会を基に「私たちのくらしと原子力発電」の記事が連載されていました。
それから3年後の1986年に「あなたも原発即時撤廃の要請人に!!」として、要項を定め、要請人の募集をしています。要項には、「原発理解のための小冊子を準備しています」とあり、小冊子をつくった形跡があります。残念ながらこれは見付かっていません。
呼びかけ文は次のようです。
ソ連のチェルノブイリ原発事故は、私たちに大変な衝撃をもたらしました。ソ連で起きた事故が日本のどの原子力発電所で起きたとしても、狭い国土の上、人口密度の高いわが国では大変な被害が予想されるだけでなく、何世代もの人たちを放射能まみれにしてしまいます。
今こそ、私たちは、原発は要らないと声に出さなければなりません。
そこで次のような要請書を、国、原発立地の県および各電力会社宛に出していきたいと思います。尚、又、要請書の写しを 、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞の各横浜支局および神奈川新聞社宛に送付します。
今、思えば、あの当時、勉強会の帰結として理屈の上では原子力発電所はいらないと言うことになったのでしょうが、まさか、本気で事故が起こると思ってはいなかった。そのまさかが起こってしまった。
この要請書は、毎年要請人を更新して提出していたようですが、3回目までの記録まで残っていましたがその後は分かりません。
当時、要請行動の母体である「日本国内の原子力発電所の即時撤廃を求める会」は反原発のうねりになるような貢献は全くできず、マスメディアに取り上げられることもなくいつしか終わってしまったのですが、受け取った側は、目を通すこともなくゴミ箱行きになっていたのでしょうか。
(こだま舎 舎長 山崎久民)
- 世間は節電モードですが・・・
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2012.01.19 Thursday夫の退院にあたって、病院のスタッフや2回以上の発作で再入院している患者さんなどから、冬場の再発にくれぐれも気をつけるようにとアドバイスをいただいていました。
その中の最重要事項の一つが、入浴前後の風呂場と脱衣場との温度管理がありました。それと夜のトイレ通い。築50年近くになる古屋の一軒家、セントラルヒーティングには程遠く、夫の再発条件が立派に存在する我が家です。
夫の再発防止には変えられず、風呂は思い切ってユニットバスに入れ替え、幸い、風呂場、トイレ、寝室も2階にあるので廊下にエアコンを設置しました。
20時ごろのお風呂タイムから翌日の起床まで、このエアコンをつけっぱなしにしています。寝室のふすまを開けておく、トイレも開けておくことで、ホテルのように薄着でいられるほどではありませんが、温度差をなくし、ほぼ、セントラルヒーティング効果が期待できました。
昨年と比べればとても快適な暮らしとなったのですが、唯一の懸念は電気代、いや、電気の消費量です。
長年、反原発を言い続けた手前、何とも居心地が悪いのです。寒冷の地の仮設住宅に住んでおられる人たちのことも当然ながら頭をよぎります。
改装などしてくれた工務店の社長さんは、今の電気製品はどれも節電タイプだからそんなに電気は食わないよと言っていましたが。
今のところ、前年と比較し目が飛び出るほどに電気代がかさんでいませんが(税理士業廃業で事務所内の昼間の暖房が不要になったせいか)、さてさて、次月の電気代は幾らになる?
それにしても、今や電気がなければガスストーブも、もちろんユニットバスも動かず、寒さに震えるしかないといやでも気づかされている毎日です。
(こだま舎 舎長 山崎久民)
